ブックレビュー:インサイト
2016年5月19日 10:00
今日も最近読んだ本をご紹介します。今回は自分の本棚から、桶谷功氏著『インサイト』です。
今回ご紹介する『インサイト』は、2005年に書かれた本です。
当時は「インサイト」ということば自体、まだそれほど知られていなかった時期だったと記憶しています。
僕も当時たまたま著者の講演を聞く機会があり、そのときに本書と「インサイト」ということばをはじめて知りました。
従来のマーケティングが「失敗しないための無難な結論」を導くのに対して、インサイトは「状況を打開するための大胆な結論」を導き出す考え方であると聞いて、その新しい考え方に対して魅力を感じたのを覚えています。
あれから10年が経って、マーケティングや広告界隈を中心に、インサイトということばを普通に目にするようになりました。
前回のブックレビューで紹介した「ハカる考動学」の中でも、「対象物を計測・測定することで、そこから対象物の中に潜むインサイトを見抜く・・・」という文脈で用いられていました。
実はそれがきっかけで、この「インサイト」という考え方について、わかっていたつもりになっていないか、もう一度確認したくなり、本書をもう一度本棚から引っ張り出してきました。
インサイトって、なんだっけ?
「インサイト」ということば、最近はよく目にするようになったので蛇足かもしれませんが、少しおさらいをします。
「インサイト(=消費者インサイト)」は、もともとはイギリスの広告会社で誕生した概念とされ、日本語に直訳すれば「洞察」です。
本書ではインサイトを「消費者のホンネ」と訳し、それをつつかれると消費者が自然と購買行動を起こす「心のホットボタン」であると定義しています。
そして、本書の中でインサイトは、マーケティングの発想を根本的に変えるものとして紹介されています。
それまでのマーケティングが「人は論理的に頭で考えて商品を買う」という考え方だったとしたら、インサイトは「人が直感や気持ちで商品を買う」というスタンスをとるというものです。
これは、正直言って目からうろこでした。
直感や気持ちというものは主観的なものであり、ビジネスと相容れないと思い込んでいたからです。
インサイトを見つけ出すには、主観的に。
従来の消費者分析では、基本的に人を数字で捉えます。
アンケートなどでさまざまなデータを集めて、消費者をグループ分けし、それぞれのグループの平均的な人物像を代表として描きます。
一方、インサイトは大量のヒトを分析するのではなく、一人の個人を探ることから始めます。
具体的な手法は様々ですが、とことん主観的に個人の気持ちを探っていき、誰もが共通して持っているような本質的な気持ちを見出すことをします。
前者ではどうしても平均的で無難な解決方法にしかたどり着きにくいのに対して、後者は大胆で革新的なアイデアに到達しやすいといいます。
ちょっと概念的なことばかりで分かりにくいかもしれないので、本書に書かれているシリアル(コーンフレーク)の例を借りると、こんな感じです。
シリアルの市場が伸び悩んでいた時に、最初のうちは「おいしくない」「おなかがいっぱいにならない」という物的でありきたりな答えしか得られなかったが、インサイトを深掘りしていくうちに、「シリアルを朝食に出すのは手抜きしている悪いお母さん」と言うネガティブなイメージがあるというインサイトにたどり着いたそうです。
ここまでくれば、次は具体的な解決方法を考えるステップに入るわけですが、「おいしくない」「おなかがいっぱいにならない」というものに対しての解決策よりも、このインサイトに基づいた方が、より尖ったアイデアが出るのは明白ですね。
画期的なインサイトを通すには
ここまでを読むと、従来のマーケティングとインサイトは相反するものと捉えられそうですが、そうではありません。
インサイトの考え方は、決して従来のマーケティング手法を否定するものではなく、むしろ、既存の手法と組み合わせて使わないと、関係者の理解を得られないとも書かれています。
それは、例えばインサイトに基づいた企画を実現する時。
インサイトは主観的に消費者の気持ちを解釈したものですが、大抵の企業の場合「前例は?」「うまくいく確証は?」と客観性を求められます。
ですので、インサイトも客観的なものに見えるように仕立てなければならないと、著者は言います。
そしてそのコツは、大枠をデータで固めることだそうです。つまり従来の消費者調査、分析で得た定量的なデータとインサイトを組み合わせることだと。
ちなみに、これについては、なるほど!と膝を打つと同時に、非常におもしろいと感じました。
と言うのも、このエピソード自体が、「インサイトが画期的なのはわかったけど、そんな主観的なものどうやって通したらいいのか・・・」という、本書読者のインサイトに見事に応える形になっているからです。
インサイトは「消費者目線」になるための道具でもある
本書には、たくさんのインサイト事例が挙げられていますが、冒頭にも書いたとおり、本書は10年あまり前の著作のため、事例自体について少し古くなってしまったものが多いのは否めません。ただ、インサイトがその性質上、消費者の本質に迫るものであるためか、考え方は普遍的で古びた感じがありません。
例えば挙げられているのは、バス停でどうしても発生する待ち時間への対処の例。
「人は目処なく待つことは苦手だが、目処さえわかればイライラせずに待つことができる」というインサイトから、バス停に現在のバスの運行状況が分かる掲示板をつけたことで、結果的にバスの利用者数を増やすことができたとか。
また、先にも挙げたシリアルの例では、お菓子売り場からパン売り場に、商品の置き場所を買えたことで「手抜きの朝食」のイメージを払拭し、売上を伸ばしたり。
ECサイトの販促のお手伝いをするときも、サイト自体の構築をするときも、まずユーザーの目線になることが大切だとよく言われるのですが、正直この「ユーザー目線」をどうすれば得られるか、わからなくなる時があります。
ただ、上記のように、とことん消費者個人のことを掘り下げて考えインサイトを得るという実践によって導かれた解決例を見ると、この「インサイト」という考え方に出会って、消費者やユーザーの目線に立つ具体的な道具を得られた気がします。
最後に
最後に、インサイトを探るにあたっての心構えを引用します。
インサイトを探ることには、知的冒険ともいうべき楽しい側面がある。ワクワクするような面白さがある。仕事であっても、楽しみながら「本当のところ、ひとはどんなふうに思っているんだろう」と好奇心満々で向かっていったほうが、いいインサイトが見つかる。
確かに、インサイトを探ることは、人間を知ることであり、知的好奇心をくすぐられるものだと思います。
仕事は楽しんでやるべき、とはジャパネットたかたの社長も書いていましたが、こういった手法をどんどん取り入れれば、自然と仕事も楽しいものになっていくだろうと感じました。
2016年5月19日 | MaedaKazutoshi | コメント(0)